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浦和地方裁判所 平成7年(わ)10号 判決 1995年6月05日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、父A(大正一五年一一月二五日生)及び母B子との間の三人兄弟の長男として生まれ、妹C子、弟Dの各結婚、独立後は、埼玉県《番地略》にある二階建居宅に両親と三人で生活をしていたものであるが、平成六年一二月二二日午後七時三〇分ころ、二階六畳間のタンスの引き出しに入れておいた財布内の現金三万円のうち一万円がなくなつているのに気付き、日頃から自分やB子の稼いだ金を黙つて持ち出して酒代にしているAの仕業に違いないと考え、直ちに一階に降りて同人に対し、「俺の金盗つたろ」などと怒鳴りつけたところ、同人から「知らない」などととぼけられたことから、その態度に憤慨し、日頃の同人の素行などに対する不満も加わつて、激昂のあまり、右居宅一階の廊下及び八畳和室において、同人に対し、その両側胸部を右手拳で殴打したり足蹴にするなどの暴行を加えて、同人に左右側胸部打撲傷等の傷害を負わせ、よつて、同日午後八時三〇分前後ころ右居宅玄関先コンクリート上において、右打撲による外傷性血気胸により同人を死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)《略》

被告人の判示所為は、行為時においては平成七年法律第九一号による改正前の刑法二〇五条二項に、裁判時においては右改正後の刑法二〇五条に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があつたときに当たるから平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「旧法」という。)六条、一〇条により軽い裁判時法の刑によることとし、その所定刑期の範囲内で後記事由により被告人を懲役二年に処し、旧法二一条を適用して未決勾留日数中九〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事由)

本件は、被告人が、老齢の父親に対し、酒の勢いに任せ一方的に暴力を振るつて死に至らせた、という事案である。四五歳の被告人と六八歳の被害者Aの体力差は明らかであり、A自身も最近は被告人との争いで暴力に及ぶようなことはなく、本件当時もまつたく無抵抗であつたにもかかわらず、被告人は、同人に対し、殴る蹴るの激しい暴行を加え、母親から制止されてもなお、Aを蹴り付けるなどしたものであつて、その後も屋外に逃れた同人の様子を心配することなく、先に寝てしまうなど、被告人の一連の行動は厳しい非難を免れないところであり、実の息子に命を奪われたAの無念は計り知れず、残されたB子の悲嘆も大きいといわなければならない。しかも、被告人は、近年、被害者に対して掃除や洗濯などの家事を言いつけ、言うことを聞かないと時には平手で殴打するなど、普段から高圧的な態度を取つてきたものであつて、本件犯行は、これがエスカレートしたものともみられ、酔余の偶発的犯行に過ぎないものとはいい得ないのである。これらの諸点に鑑みると、被告人の刑責は到底これを軽視することができず、本件が刑の執行を猶予すべき事案とは考えられない。

しかしながら、Aは、被告人の幼い頃から酒に酔つては暴れ、家族だけでなく親戚や近隣に対しても迷惑をかけるなどしてきたものであり、同人が真面目に仕事をしないため、長年に亘り、B子や被告人が働いて家計を支えなければならない状況であつたと認められ、特に、近年の被害者は、ほとんど働くことなく、被告人を始めとする家族の注意を無視して酒代欲しさに家の金を持ち出し、追及されるや平然と嘘をついていたことが窺われるから、被告人が同人に強い反感を抱いていたことにも理由がない訳ではない。そして、今回の犯行の発端も、被告人が、自己の老後のために積み立てていた大切な保険料の一部を又もやAが飲酒のために費消してしまつたと思つて同人を追及したところ、同人がしらを切り続けたことにあるのであつて、被害者には責められるべき落ち度が多々存在するといわざるを得ないのである。このような事情のほか、被告人には、これまでに前科・前歴がなく、仕事振りも真面目であつて、稼働先の上司Eが将来の引受を約束していること、最大の被害者ともいうべき母B子(現在六八歳)を始めとして、弟妹や親戚はもとより、友人、知人ら多数の者が、被告人の一日も早い社会への復帰を望んでいること、被告人は、公判審理を通じて本件犯行に対する反省の態度を示していることなどの諸事情を併せ考えると、前示のとおり、実刑を免れないものの、その刑期については、検察官の求刑を大幅に減ずるのが相当と思料され、主文の刑を量定したものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀内信明 裁判官 加登屋健治 裁判官 国井恒志)

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